理由1:価格、ブランドにとらわれず真の名器を選び出す確かな眼力
(写真撮影: 国際情報マネジメント有限会社)
弦楽器サラサーテ 代表 北見 裕秋
1959年茨城県水戸市生まれ。4歳より父の手ほどきでヴァイオリンを始める。その後ヴィオラにも手を染める。
高校のときに弦楽器と並行して独学でフルートを始め、大学時代は早稲田大学交響楽団に所属。フルート奏者として活躍。ベルリンフィルハーモニーザールにてストラヴィンスキーの「春の祭典」を演奏する。
大学卒業後はサラリーマン生活を送るが、結婚相手(ヴァイオリン奏者)の所有する楽器を巡っての衝撃的な出来事がきっかけで、自ら楽器商となる決意を。そして1997年、ついに会社員生活に終止符を打ち、弦楽器サラサーテをオープン。その当時弦楽器業界では画期的だったWEB上での情報発信を始める。
これまでの考え方が覆された忘れられない体験
このお話は私がこのヴァイオリン販売の仕事を始める前、妻が次に購入するヴァイオリンを探しているときのことですから、だいたい1990年前後の話でしょうか、 私の大学の後輩の紹介で、東京都下のヴァイオリン専門店に行った時のことです。
その日は妻のヴァイオリンの修理の相談を兼ねながら、いくつか楽器も見せてもらおうということで、妻と二人で出かけました。
修理の話も一段落して、それではいよいよヴァイオリンを見せてもらうことに・・・。
そうするとモダンイタリーの著名作家のものだという、価格650万円(当時)のヴァイオリンが目の前に出されました。
193、40年作だという その楽器は、真っ赤なニスで、つやつや、ぴかぴかしていました。このヴァイオリンは何でも製作家の遺族か誰かが、製作者の死後も世に出さずに保管していたものの一つなのだそうで、それが故にまるで新品のような状態を保っているのだと説明されました。
そうやって遺族が保管していた数台の楽器を売りに出すと同時に、それらの楽器の写真を掲載した書籍も出版されたということで、その本も見せてもらいました。目の前の楽器は確かに本に載っているものと同一のヴァイオリンでした。
- ・全く使われていないので楽器の状態は完璧
- ・イタリアの著名ヴァイオリン製作家の作品(その時はもちろん名前を知りませんでした・・・)
- ・ある程度は(50年以上)古い
それが故に、650万円という高額な値段が付けられていたわけです。
これだけの好条件が揃えば、相当凄いヴァイオリンなのだろうなという期待感が、いやが上にも高まろうかというものです。
妻がそのヴァイオリンを弾いて音を出します。
すると、「えっ???何これ? 」 と私と妻は顔を見合わせてしまいました。
そうです。そのヴァイオリンは「鳴らない」の一言に尽きました。個人の好みなどの入る余地は無く、おそらく誰が聴いてもはっきりそう感じるであろう音でした。
これなら 正直言って、色々な弦楽器店、工房で「偽物だ」とか「修理で板が削られ過ぎている」とか「ヴィオラの渦巻きが付いている」等々、散々ボロクソに言われた妻のヴァイオリンの音の方がまだマシだと私も妻も思いました。
おそらく我々の驚き、落胆がしっかり顔に出ていたのでしょう。店の人は、次に、それではこれはどうでしょうか、とイタリアの有名製作家の新作ヴァイオリンを出してくれました。当時の値段で200万円ほどのものでした。
我々からすると、50年前の間違いない本物のヴァイオリンでダメだったのだから、新作ということだけで、まず良いわけはないと全く期待はしませんでした。ところが、音を出してみるとどうでしょう。さっきのは何だったのだ?というくらい新しいヴァイオリンの方が良く鳴るではないですか。
妻はずっとヴァイオリンは古くなくてはダメで、新作は鳴らないと思っていたので、すごく驚いていました。私はというと、そもそもこのような価格帯のヴァイオリンの試奏自体が初めての体験でしたから何が正しいのかわからず、頭が混乱していました。
とにかく、この時にそこで学ばせてもらったことは、ヴァイオリンは鳴らなくても高い価格がつくことがあるということと、出来立ての楽器、新作でも充分良く鳴るということでした。
当時、まだ子供が小さかったので妻は身動きが取れず、そのためこの後は私が色々な弦楽器専門店、工房を回ることになりました。
先日の体験から、今まで関心を持っていなかった新作ヴァイオリンに重点を置いて見て回ることにしたのですが、 そうするとまた興味深い考えや事実を知ることになりました。
あるヴァイオリン工房では、私が前回の工房で見た200万円の新作が良く鳴ったという話をすると、「名前が知れている製作家だからそんな値段になるのであって、弟子のものであったり、無名の新人のヴァイオリンであれば60万円~100万円程度で買えるよ」という話を聞かされました。
素人考えでは、そんな値段で果たして大丈夫なのかと不安でしたが、そこの工房の方はクオリティは全く問題無いというような言い方をされました。
そして、イタリアのヴァイオリン工房は数人で楽器を作っていることが多く、弟子が大部分を作った楽器でも慣例的に親方のラベルを貼られることが多いのだという話を聞かせてもらいました。だから親方の楽器と弟子筋の楽器の品質は通常は大きく違わないということなのです。
ただ、弟子のラベルや工房作のラベルで楽器が出される場合は、ネームバリューが無いためにかなり安い値段になるのが通例だと説明を受けました。
つまり、名前さえこだわらなければ工房作、無名製作家のものでも良い楽器存在する可能性が高いということなのです。そして有名でなければ、また親方の名前が入らなければ、それだけで確実に 価格は1/3~1/2も安くなるということなのです。
これは実に衝撃的な話では無いですか!
私は前回の体験から、有名製作家の200万円もするヴァイオリンだから、特別、新作でも良く鳴るのだと思い込んでいたからです。
実際にイタリア無名若手製作家のヴァイオリンを1台試させていただきましたが、「良く鳴る」という点では有名製作家のものと遜色はありませんでした。
私はここで、「新作楽器は名前ににこだわらなくても良い」ということを学びました。言い換えると、有名な製作家の楽器は名前(ラベル)に多くのお金を払っているということに気がついたとも言えます。もちろん有名で値段が高くて、音も良い楽器はあるのでしょうが、無名の製作家や工房ものというものにも充分優れた楽器、音の良い楽器があるということを教えてもらったのです。
さらに別の工房では、ショッキングな話を聞きます。
イタリアで楽器を作るから値段が高くなるのであって、中国のような人件費の安いところで作れば20万円~50万円できちんとしたヴァイオリンができるというのです。しっかりした指導、厳しい監督の下で作られたヴァイオリンは下手なイタリア新作をも しのぐこともあるというような話も聞きました。
中国のヴァイオリンがそんなに優秀というのは、にわかには信じ難い話でしたが、確かに中国の方がイタリアよりも器用な人が多そうではあります。実際、その時に試奏して感じたのは、中国の楽器はイタリア新作よりも鳴らし易いヴァイオリンが多かったということです。
全くの素人だった私ですが、いくつもの弦楽器店、ヴァイオリン工房のご好意で
650万円の著名モダンイタリー→200万円の有名新作→80万円のイタリア無名新作→30万円の中国新作
と楽器を辿っているうちに、良いヴァイオリンは価格、年代、国籍、そして製作者の知名度に関係なく存在するのだということを、身を持って体験できたのです。
「名器は必ずしも高価な楽器に限られたものではなく、30万円、50万円の楽器にも立派に存在し得るのだ」という現在の私の考え方のベースは、実はこの時にすでに確立されたものなのです。
今となってはその650万円のヴァイオリンが上記の書籍の中のどの楽器だったのか、改めて本を見直してみても定かではありません。当時の楽器を見る眼、記憶力は残念ながらその程度のものでした。
ただ、この書籍に載っている楽器が皆そのような鳴らない楽器であるということでは決してありません。
現に、その後別の工房で見た1台は大変良く鳴るヴァイオリンでした。また、私自身、この本の中の1台を販売する機会があったのですが、そのヴァイオリンも実に良く響き、まるでオールドイタリアンのような雰囲気の音を出してくれました。
ですから、この文章の意図はこの製作者、書籍の価値を貶めることでは決してありません。
見た楽器の本数ではなくどんな楽器を見てきたが重要
良いものに触れておけば、良くないものを嗅ぎ分ける力がつくとも言われています。確かに絵画でも彫刻でも写真集で見るのと、展覧会で実物を見るのとでは全然受ける印象が違うと思います。
弦楽器についても同じことが言えると思います。良いものを見なければ眼は肥えません。どんあに沢山楽器を見ても、それが量産品ばかりだったら、それは見たことにはならないのです。
マクドナルドとロッテリアを食べ比べて、その違いをいくら熱く語ってみても、それが料理の本質を現すことにはならないでしょう。 本格的なものを見ないと物の本質には近づけないのです。
ただ、一般の方が本当の名器、本格的なものを至近距離で見られるような展示会はなかなか有りません。非常に残念なことです。
だからこそ、私は本物に数多く接することができたプロとして、皆様に本物=本格的な楽器をご案内するという使命があるのではないかと思います。
私が見る楽器はオールドの名器“ストラディヴァリ”や“ガルネリ”、“ガダニーニ” など、私自身が手にするだけでも興奮する楽器もございます。 またそれらよりも新しいプレッセンダ、 ロッカ等の楽器も含まれます。
一方、フランス、ドイツ、チェコ等の非イタリアのモダン楽器、若手の無名の製作者や工房ものと呼ばれる新作楽器もございます。
私はイタリアの名工でなくても、またたとえ無名であっても、楽器としてのつくりや雰囲気が優れたものを感じさせてくれるものであれば、それら全てに触れ、隆起等楽器のつくりを直に確かめます。
私が楽器を見るときに注意して見ているポイントは何かというと、その楽器が「過去の名工が作った良い楽器の雰囲気」をどれだけ伝えてくれているものなのかということです。
つまり「過去の名工が作った良い楽器」との類似点、共通項が多ければ多いほど、良い楽器である可能性が高くなると考えることができます。
それはヴァイオリンのエッセンスは「ストラディヴァリを始めとする過去の名工が作った良い楽器」にあり、それはすでに200年~300年も前に確立されてしまっているということが大前提にあるからです。
ほとんどの製作者の最終的な目標は「名器の持つ究極の音」なのでしょうが、「名器の音」と言っても、それは弾き手によってかなり違ってきてしまいます。したがって、製作者にとって、音は目標とするには不安定で甚だ頼りない性質のものなのです。
ですから、名器を目標にすると言っても、 音からではなく、楽器のかたち、スタイルからアプローチせざるを得なかったのです。 名工の楽器のスタイル(かたち)を模倣することによって、その音に近づこうとするのが職人が採る正統的なアプローチだったのです。
それでは「良い楽器の雰囲気」というものはどうやったら作り出すことができるのでしょうか。 私はそれに必要なのものは、良い楽器を正しく見てそれを把握、分析、記憶することができる職人の眼や頭(ソフト)であり、それをそっくり形にすることができる技術(ハード)ではないかと思っています。
まず良い楽器があること。そしてそれを良く見ること。そしてそれを見て感じたものをきちんと現す力があるということが、良い楽器を生み出すために重要なのです。
当然見る方、選ぶ方にもそれを正しくキャッチできるだけのアンテナ(能力)が無くてはなりません。製作者がどういう楽器を見て、どういう想いでその楽器を作ったか、それを瞬時に判断するためには、まず見る側が古い時代の名器を何台も見て、それらに熟知している必要があります。
私は素晴らしい楽器に出会えた時、その楽器の様々な印象、特徴を 脳裏に焼き付けておきます。 多くの優秀な楽器に触れる事、その積み重ねこそが私の楽器商としてのデータベースであり財産なのです。
長年に渡って培ってきたこの財産によって、初めて製作者、楽器によるそれぞれのつくりの違いを感じながらも、その中から、名器に通じる普遍的なエッセンスというものをきちんと嗅ぎ分けられるようになるのです。
弦楽器サラサーテでは、著名な製作家のイタリアンオールド楽器はもちろんのこと、非イタリアの楽器、弟子作の工房製楽器、中国等無名の製作家の手による新作楽器に至るまで、この普遍的なエッセンスを求め、それを満たしたもののみを皆様にご案内するよう努めております。
理由2:楽器から最上の音を引き出す卓越した調整技術
楽器は選び出したり、仕入れたところで終わりではありません。殆どの楽器がその段階ではまだ“未完成”な状態なのです。
こう言うと驚かれるかもしれませんが、日本に入ってくる新作イタリアンのまず9割は駒、魂柱、指板などに何らかの問題が有ります。 したがってそのまま使うことはできず、それらの交換や調整が必要となります。(ヴァイオリンが作れるからといって、駒や魂柱がきちんと作れるとは限らないのです。 楽器製作、修理・修復、調整は皆ヴァイオリン職人の仕事の範疇ではありますが、それぞれ少しずつ専門が違った分野なのです。)
ですから、それぞれの楽器に適した調整を施して、やっと初めて皆様の前にお出しする楽器が“完成”すると言えるでしょう。
そして、そのとき楽器が最高のパフォーマンスを発揮できるようになるのです。
最高の職人の協力で実現できた徹底した音の追求
上記のようなそれぞれの楽器の特徴を生かしつつ、最上の音を引き出す調整が、弦楽器サラサーテで可能な訳は、優れたヴァイオリン職人である Geng Xiao Gang(耿 暁鋼 ガン ショウガン)氏と長い間協力体制をとってきているからです。
これはヴァイオリン職人に限らないことだとは思うのですが、職人さんという人たちは、だいたいにおいて独立志向が高い人たちが多いのではないかと思います。ですから、腕の良い職人をずっと組織(店)の中に置いておくというのは至難の業だと思います。
ガン氏とは独立される前からのお付き合いでしたが、氏も上記の例に漏れず、やはり独立志向を強く持たれていました。タイミング良く、私がサラサーテを開業してすぐガン氏も独立されることになり、それならお互いに良い関係で仕事ができるのではと協力をお願いしてきました。
以前ガン氏が勤めていた大手工房時代には、よく海外からストラディヴァリやデル・ジェスなどの名器が持ち込まれ、非常に手間のかかる修復、調整などの大事な仕事をこなされていました。
また、音大教授やその学生たちが調整、修理にひっきりなしに訪れていたのを思い出します。海外のディーラーや演奏家が、信頼して大切な楽器を預けるそのことこそが、すなわち、ガン氏の高い技術を物語っているのではないかと思います。
何と言っても楽器の音の決め手となるのは、魂柱、駒です。いくら良い楽器を選び出したとしても、ここがダメなら良い音を出すことはできません。
まさに音を決める調整の肝というべきところでガン氏には最高の仕事をしてもらっていると言えるでしょう。
駒や魂柱の調整は割れやハガレ等の修理と違って、ここまでやれば終わりという明確な到達点がありません。より良い音を目指そうとすれば終わりが無いとも言えるのです。 ですから良い調整を行うには、音への飽くなき探求心、鋭い耳や豊かな感性が不可欠なのです。
ガン氏の場合は、音への深いこだわりや耳が鋭いという元々の才能、素質に加え、これまでに様々なタイプの楽器や演奏家と接してきたという豊富な経験が強みになっています。
この手のタイプの楽器に対してはこうすると結果が良かったとか、演奏家のこういった要望にはこの調整が有効であったというような、言わば引き出しを沢山持っているのです。
ですから、初めて接する楽器に対してもどのような調整をすれば、楽器から良い音を引き出せるのかがたちどころにわかるというわけなのです。
どの楽器も弾きやすく性能が揃っていると、試奏時にお客様からお褒めの言葉をいただくことが多いのですが、 それは、私の選定眼とGeng氏の調整技術の幸福なマリア―ジュの結果なのです。
1台1台時間をかけて入念に調整することで、どの楽器も本来持っている力を取り戻し、実力を出し切ることができるのです。
弦楽器サラサーテで楽器をお求めになること、それは同時に最高の職人の調整による最上の楽器の音を手に入れることでもあるのです。
東京都世田谷区にあるガン氏の工房
Liuteria Geng (リューテリア・ガン)
理由3:楽器を正しく選ぶためのプロとしての的確なアドバイス
よいヴァイオリンとはどのような楽器でしょうか?
試みに「良いヴァイオリンとはどんな楽器を言うのでしょうか?」と先生や先輩等、貴方よりもヴァイオリン演奏歴の長い方に尋ねてみて下さい。
おそらくほとんどの方が「そんなの 良い音がする楽器に決まっているだろう」と半ば呆れながら答えられるのではないでしょうか。
それでは「良い音」とはどんな音なのでしょうか?
「良い音」と言ってもそこには具体的な明確な基準が無く、極めて主観的な要素が強いとことがおわかりになられることと思います。
楽器選定の失敗談の中に
「そのときは良い音だと思って買ったのに・・・」
「音色はとっても良いんです、でも音量が無くって・・・」
というようなフレーズが良く出てきます。それはどうしてでしょう?
見た楽器の中で一番良い音の楽器を選んだ(あるいは人に選んでもらった)から大丈夫だと思ったと、皆さん口を揃えたようにおっしゃいますが・・・ いったい それのどこが悪かったのでしょうか?
それは一言で言ってしまえば「音だけで選んでしまったから」なのです。
楽器なのだから音で選ぶのは当然、それのどこが悪いのだと思われるかもしれません。 私が間違いだったと申し上げたいのは、選定基準が「音だけ」だったということなのです。
もちろん最終的には楽器ですから音で選ぶことになるのですが、闇雲に音を出して選んでしまうと正しく楽器を選べなくなってしまいます。
それは、音というのは自分の中に絶対的なモノサシを持ちにくい性質のものだからなのです。
ですから、大抵はその時に試奏した他の楽器との相対的な比較でもって、良い音かどうかを判断してしまっているのではないでしょうか。
先に挙げたような失敗例は、その時に比較した楽器の中では良かったけれど、世の中の楽器の水準から比べたら、買うのに値しないものだったということなのです。 ある条件下で、相対的に「良い」と感じられただけであって、絶対的に「良い」ものではなかったということなのです。
演奏家が重視する要素。楽器商が重視する要素は違う
一方、楽器商は耳ではなく眼で楽器を評価します。
それは楽器を音を出す道具としてではなく、単なるモノとして捉えることでもあります。
国籍、製作者名、真贋、健康(保存)状態が楽器商の重視するところです。それが価値(価格)を決める要素になるからです。絶対的な尺度で楽器を位置付け、それによって楽器の良し悪し(序列)を定めようという考えなのです。
楽器商の判断基準の中で音が重視されないのは
「音は奏者の好みがあるから楽器商には判断できない(判断してはいけない)」
「音には値段を付けられない(付けてはいけない)」
「音に値段を付けてしまうと楽器の序列が崩壊する」
という理由からなのですが、 音には関知しないという姿勢が
「このような名工が鳴らない楽器を作るはずがない」
「名工の楽器というものは今鳴らなくても弾き込めば必ず鳴るようになる」
のような強気の発言を呼ぶこともあります。 製作家のランク通りに必ず音も(良い方から)並ぶという考え方なのですね。
これでは、「名工の楽器に決して悪いものはなく、良い音がしないのは弾き手が悪いだけだ」と暗に言っているようなものではないでしょうか。
そういうわけで演奏家と楽器商では、そもそも楽器に対する考え方がかなり違うのです。
店のポリシーを訊いてみる
演奏者と楽器商で楽器に対する立場が違っているのだとしたら、楽器屋に行って真っ先にやらなければならないことは、楽器を弾かせてもらうことではなく、楽器店の考えを詳しく話してもらうことではないでしょうか。
と申しますのは、楽器の見かた、評価基準は、楽器商によって結構違うからなのです。
世の中には様々な時代そして色々な国で作られた弦楽器が無数に存在します。それはまさに玉石混交です。どういった基準で楽器を選び出し、店に並べているのかをまず訊いてみてください。
そうすると、 「ヴァイオリンはイタリアが一番なのでウチはイタリアの楽器しか置いてません」とか 「証明書の付いた楽器ばかりですから間違いありません」 とか 「楽器は古いものに限りますね。新作はどうしたって音が固いので」等々 色々な話を聞けると思います。
これが店のポリシーであり特徴ということになります。
一般の皆様方は楽器を見て選ぶ訓練を積まれていませんから、楽器店をいくつも回って、1台1台楽器のつくり、特徴、状態等を確かめながら選んでいくのは大変なご苦労だと思います。
音を出したらわかると思いきや、前述の「モノサシ」がはっきりしていないので、どれが良いのか皆目わからなくなってしまったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ですから 、私はそれをフィルター機能と呼んでいるのですが、様々な楽器からどうやって楽器を抽出(選び出)してきているのか、それぞれの店のフィルター機能を調べられることが楽器選びの近道ではないかと思います。
店がある一定の基準で楽器を選び出してきていれば、その店の中にはその基準に沿った、一本筋の通った楽器が並ぶはずですから。
それが弦楽器店の訪問時にまず質問を投げかけてみて下さいと申し上げた理由なのです。
つまり、お客様自身で多数のそして玉石混交の楽器の中からお望みの楽器をいきなり選び出すのは極めて困難だと思います。それで、まずはご自分の趣旨、目的に合いそうなフィルター(店)を選んでみましょうということなのです。
もちろん、言ってることと違うような楽器がいくつも並んでいたら、その店のフィルターは故障しているか、口だけで内容が伴っていないことになります。
また、まるで回転寿司のように「ウチは色んな楽器が有りますから、どうぞ自由に選んでください 」というようなお店もあります。一見便利で親切のようですが、これは店がフィルターの役目を放棄してしまっているようなものですから、実は困りものです。
楽器の場合自由に選べるということは、お客さんの方で全責任を持って選ばなくてならないことを意味します。
それでは、店で買う意味が無いのではないでしょうか。
どうやって店を選んだら良いの? と迷われたときにもこの質問は使えますね。
私の楽器商としての音への関わり方
店主自らが試飲したお酒だけを売る酒屋と、バイトがお酒を並べているような量販店。味の特徴などを聞きながら購入したいと思ったとき、皆さんならどちらのお店に行かれるでしょうか?
モノは揃えているが店員は味を知らない。POPには何か書いてあるが味のことを聞いてもわからない。 おそらくそのような酒屋では誰も買いたくないと思われるでしょう。
ヴァイオリンも同じだと思います。
「それは弾く人の好みによるから・・・」と楽器商はいつまでも音の問題から逃げていて良いのでしょうか。
結局、楽器のモノとしての良し悪し、健康状態などの分析と楽器の道具としての音(性能)の良し悪しはクルマの両輪のようなものなのではないかと私は思います。どちらが欠けても、また両輪のバランスが崩れても良くないのです。
それで、私は音の面に踏み込むことを決意しました。必ず試奏して自分なりに納得できた音(性能)の楽器だけを皆様にご案内していくという姿勢をとるようにしたのです。
これは従来の楽器商の考え方からしたらとんでもない考えなのかもしれません。
しかし、モノ中心の絶対的な選び方でも理由1に書いたようなことが現実に起こっているのです。
自らあのような体験をしてしまうと、多くの楽器商が唱えてきた 「モノとして間違いの無い楽器であれば、必ず音が良いのだ」 という考えであったり、「名工のものは鳴らなくても今鳴らないだけで、弾き込めば必ず鳴るようになる」というような考えを到底信じることはできません。
楽器は音を出す道具であって、演奏家であれば自分の表現や能力もそれを通して評価されます。
ピアニストであれば、自分の楽器ではなく演奏会場の楽器を弾かざるを得ませんが、ヴァイオリン弾きの場合は自分の楽器を持ち歩き、いつでもどこでも弾くこ とができます。そうすると、どういうヴァイオリンを選んで弾くのかは演奏家自身の責任ということにもなります。
また、道具の良し悪しは愛好家、初心者の方にとっても重要な要素です。なぜならばそれによって上達するスピードが全然違ってきてしまうからです。ご自身が気が付かなかっただけで、なかなか上手にならなかったのは楽器が悪かったからという方も沢山いらっしゃると思います。
私は楽器商として、演奏する方に何としても音で応えられる店をつくりたいと思いました。
そのためには 楽器をモノとして眼で正確に判断するだけではなく、演奏者にとって相応しい性能(音)かどうかを耳で同時に判断できるようにならなくてはならないのです。
そのための客観的な耳、音のモノサシづくりを私は開業当初に徹底してやりました。開業して間もなくのことでしたが、ある楽器商のご好意により、イタリアのオールド名器から中国製新作楽器に至るまで在庫の楽器を存分に試させてもらえる機会をいただきました。私は1年半あまり、毎日のように通いつめ、ひたすらそれらの楽器に向かい合いました。
1年半という短い間に、年代、国籍、有名無名を問わず実におびただしい数の楽器を集中して試すことができたこと。そして、それらを見て、触って、音を出し、自分なりに評価し結論を下す訓練をしたこと。
その積み重ねの結果、演奏家のように楽器の音を音色(イメージ)で判断するのではなく、 性能(音量、レスポンス、4弦のバランス等)で判断するという能力を私は身に付けたのです。
つまり私の立場は、従来の楽器商のように、証明書や銘柄だけで楽器をランク付けし、それがあたかも音の序列であるというような考え方を採るのでもなく、多くの演奏家のように音のイメージ、音色だけで楽器の良し悪しを判断しようとするわけでもありません。どちらの要素も重要であることを認めた上で、そのどちらにも偏ることなくバランス良く楽器を判断することこそが重要だと考えます。
自分が本当に欲しいものを見誤っていることも
思い入れ、思い込みが強すぎて失敗をすることってありませんか?私は結構あります。
後で振り返ってみると、そういう時は思考の柔軟性が失われ、どこか判断力が鈍っているのですね。全く思いもよらない決断を下したりしますから本当に怖いです。多分本当の自分を見失ってしまっている状態なのでしょう。
弦楽器をお求めになられるお客様の中にもそういった方が散見されます。
WEB上の情報や、人からの意見を基に自分の買う楽器を勝手に決め込んでしまっている方
以前使用していた楽器への反動からとにかく正反対のタイプの楽器を買おうと決意している方
ウン百万円以上出さないと、あるいは18XX年より前の楽器じゃないと自分に合うものは無いと決めつけている方等々
そういった お客様の先入観や思い込みを解いていくのも私の仕事です。
お客様に何台か楽器を試していただき、弾いた後の感想などをお聞きしている中で、ふと「お客様にはこちらのタイプの楽器の方が本当は相応しいのでは? 」と思える瞬間があります。
その勘がぴたりと当たり、 「そうそう、こういう楽器が欲しかったんだよ」という言葉がお客様の口から出たとき、まさに楽器屋冥利に尽きると言えるでしょう。
楽器選びにとどまらない幅広いアドヴァイス
楽器を購入するということだけでしたら、以上のようなアドヴァイスでも充分なのですが、楽器を使って練習する、あるいは受験をする、演奏活動をしていくという中ではそれ以上のアドヴァイスも必要になってきます。
例えば大人の初心者の方の場合、どういう先生に習ったら良いかというのは非常に重要な問題です。大人からでも習う先生次第で充分上手く弾けるようになる可能性があるからです。
また、音楽の道に進もうかどうしようかと迷われている方の場合の学校選びも難しい問題です。音高から行った方が良いのか、音大から行った方が良いのか迷われることも多いのではないでしょうか。
そして、 すでに専門の道に進まれた方の場合も色々とお悩みは多いと思います。コンクール、オーディションの受け方、ピアノ伴奏者の選び方等々、相談したくても、この手の話題は、先生や門下生、門下生のお母さん方には直接聞きにくいものです。
これらの問題、お悩み等に対して、これまでに私がお客様や先生から直接得た情報に加え、ヴァイオリン演奏、指導の経験者である音大卒の妻、音大卒後演奏活動中の娘からの情報、アドヴァイスも併せてご相談に載らせていただくことができます。
弦楽器サラサーテは楽器を売っておしまいではなく、そこからスタートするそれぞれの音楽人生に対して、良き相談相手でありたいと考えております。
音楽に関することでしたらどんなことでも構いません。また、当店で楽器をご購入になられていない方でも結構です。どうぞ遠慮なくご相談ください。
(写真撮影: 国際情報マネジメント有限会社)