ISBN 978-4122056275
オーケストラ、それは我なり 朝比奈隆 四つの試練
中丸美繪著 / 中央公論新社
93歳で亡くなった、指揮者朝比奈隆の自伝です。朝比奈隆は晩年、絶大な人気を誇り、特に若者をも魅了しました。朝比奈詣という言葉が生まれたほど神格化された朝比奈ですが、この本ではその影の部分にもスポットを当てています。いわば人間朝比奈隆の生臭い部分も赤裸々に描き出した労作と言えると思います。
記述は最後のコンサートの場面から始まりますが、このとき朝比奈は立っているのがやっとの状態だったそうです。
実は、息子の朝比奈千足しか知らなかったことなのですが、随分と前から朝比奈は癌に体を蝕まれていたということなのです。しかし、それを本人に知らせるとどうなるかわからないので、最後のステージまで隠し通して来たといいます。そういった中での最後のコンサートの描写は実に感動的です。
出生の秘密、音大出でないからこその同窓生等財界の人脈を駆使してのオーケストラ運営手腕、親分肌とそれがゆえの組合との確執等々、これまで知らなかったことが次々に描かれています。
特に衝撃的なのは、事務局長の更迭を要求し、大阪フィルが朝比奈のリハーサルをボイコットした話です。それも、団員がそれぞれ自分のパートの椅子に着席しながら、音を出さなかったという話です。つまり朝比奈が棒を何度振り下ろしても音を出さなかったのです。若き日の小澤征爾とN響、晩年のカラヤンとベルリンフィルとの確執も有名な話ですが、朝比奈隆の場合もそうだったのですね。
好々爺風のいでたち、コンサートの絶大な人気からは想像もつきませんでした。結構なワルな部分もあったのですね。まあ、オーケストラ運営は沢山のお金が要りますからね。良い音楽を演奏することだけでは成り立たないのでしょう。
そのほか、戦時中~戦後の日本、上海、満州のクラシック事情、当時の日本における指揮者の勢力図等々興味深い記述が満載です。朝比奈隆ファンならずとも、戦後日本クラシックの発展の歴史を知るうえで貴重な書籍と言えると思います。
因みに著者の中丸美繪はオペラ歌手中丸三千繪の姉です。