TYGE 60011
グリュミオー ジャパン・ライヴ
TBS VINTAGE CLASSICS
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調 BWV1004よりシャコンヌ
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調 op.78『雨の歌』
ヴァイオリン:アルテュール・グリュミオー
ピアノ:イシュトヴァン・ハイデュ
録音時期:1961年4月 大阪フェスティバルホール モノラル(ライヴ)
SACD Hybrid マスタリング 杉本一家
TBSの地下倉庫からクラシックのライヴ音源が218点も見つかったとのことで、続々とSACD化されています。
その音源には名だたる巨匠たちの来日公演が、当時としては極めて高音質で、数多く残されていたようです。
いずれも1950-60年代にかけてラジオ東京(現TBS)で放送された後、半世紀以上、お蔵入りとなっていたものだそうで、それをXRCD等のマスタリングで有名な杉本一家がSACD化 しています。
そのTBS VINTAGE CLASSICSの中の一枚。グリュミオーの唯一の来日公演という興味深いものがありましたので聴いてみました。
アルテュール・グリュミオーは1921年の生まれということなので、この来日時は40歳。まさに脂の乗り切った時期と言えるでしょう。ライブでこれだけの説得力のある音、音楽はまさに巨匠の芸ですね。
シャコンヌはもちろん“今風”のピリオド奏法を取り入れたものではありません。しかし、グリュミオーのバッハは当時一般的だった一点一画もゆるがせ
にしない禁欲的なバッハでも名人芸、巨匠風的なバッハでもありません。音色の変化やテンポの変化を自由に操る、感覚的バッハとでも言うべきものでしょう。
当時としては非常に珍しかったのではないかと思いますが、ピリオド奏法に慣らされた現在の私の耳からすると、肩ひじ張らない自然な、そして親しみやすいバッハというように映ります。
ブラームスは分厚くこってりとした脂っぽい演奏ではなく、さらっと、テンポもやや早めに進んでいきます。しかし、曲全体は優しい気品のある“うた”に満ち満ちています。それを実現しているのは素晴らしいヴィブラートの効果ではないかと私は思います。
ヴィブラートというのはかけ過ぎると非常に不自然に聴こえますよね。でも名人のヴィブラートというのはかなり強く(幅広く、速く)かけているのに全く不自然さが無いのです。不思議です。
確かフルートの名手マルセル・モイーズの言葉だったと思うのですが、こう言ったそうです「ヴィブラートというのは心臓の拍動のようなもので、かけるものではなく(音楽の高まりにより、自然と)かかるものだ」と。そして彼は大げさであったり、チリメン状の不自然なヴィブラートを示して、それはまるで体から心臓が飛び出ているようなものだと皮肉りました。グリュミオーの美音の秘密のひとつはその自然でいながら音に生命力、推進力をもたらすヴィブラートにあるのは間違い無いでしょう。
録音は1961年という年代にもかかわらず、ステレオで収録されなかったのが残念ですが、これはTBSのラジオ放送のための収録だったためで致し方ないことですね。しかし、ヴァイオリンとピアノのデュオを聴く分には申し分ありません。そして、録音自体が優れていたのか、杉本一家のマスタリング作業が素晴らしいのか、そしてそのどちらもが素晴らしいためなのかはわかりませんが、とても50年以上も前の録音とは思えない鮮度の高さです。
多少オン気味ではありますが、決して無機質な乾いた音ではなく潤いのある瑞々しい音です。ヴァイオリンの響きを本当に良く捉えていると思います。これはグリュミオー絶頂期の美音を余すことな収録した好録音と言えるのではないでしょうか。時々入る観客の咳払いでこれがライブだったことを思い出させてくれますが、演奏も録音もライブとは思えない素晴らしさですね。
この素晴らしいSACDを聴くと、生で聴いたらどんなに凄かったのだろうかと想像がどこまでも膨らんでいきます。TBS VINTAGE CLASSICS 他のディスクも注目していこうと思っています。