OVXL 00067
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 全曲
指揮:ヴァーツラフ・ノイマン
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1983年10月 ドヴォルザーク・ホール
このCDはエクストンレーベルの『エクストン・ラボラトリー・ゴールドライン』の中の一枚です。
エクストンの公式HPに因りますと、このシリーズの特長は
1. 同レーベルの中でも音楽的、オーディオ的に高品位なものを厳選。
妥協を排したリマスタリングが施され、SACDハイブリッドとしてリリースします。
2. オリジナル・マスターからのリマスタリングを行い、膨大な種類のアクセサリー類より最適合なものを厳選し使用。
高精度クロックや電源そのものの見直しなど、一切の妥協を排した環境の中で作業されました。
DSDレコーディングされたものだからこその繊細な音場、空気感を実現。
アナログレコーディングされているものにはない再現性を獲得しています。
3. 非圧縮SACDハイブリッド盤(HQ-SACD)を採用。
当社が2007年より提唱している最上位SACDハイブリッド盤であるHQ-SACDは他社でも採用され、すでにマーケットに広く認知されているものです。
4. 高級感のある豪華デジパック仕様。
5. ブックレットには、担当エンジニアのコメントやレコーディングに使用した機材表、マイク・セッティング図を掲載。オーディオ・ファンは必見です。
だそうです。
お値段は3,800円とそれなりに高めなのですが、丁寧にマスタリングを施し手をかけて制作されたCDのようです。
リマスタリングは新スタジオで行われているようですが、そのスタジオは施工にあたって電源環境に徹底的にこだわり、電源共有専用の柱上トランスを設置した他、アース棒の埋設、高音質線材、部品の仕様など電源面から音質を追求したものになっているそうです。
さて、能書きはこれくらいにして、その効果はいかほどに?早速CDを聴いてみましょう。なおSACDは私の装置が対応していないので、感想はあくまでもCD層によるものであることを前もってお断りしておきます。
上記のように特別の対策の下で制作されたCDというと一聴して目の覚めるような音、分解能の高い音、つまりオーディオ的な快感に浸れる音を想像いたしますが、実際に出てきた音はあっけない程ナチュラルな音でした。
刺激的な成分が全く無く滑らかなのですが、決して角を丸めてしまって聴きやすくしただけの音ではありません。ホールの残響をたっぷりと録りながら、混濁、細部がもやもやすることはありません。ヴァイオリンの高域は絹のように繊細で滑らかに響きます。またコントラバスやバスドラの低音域もマッシブな塊として前に出て聴こえてくるのではなく、やや遅れて空間を包み込むように回り込んで聴こえて来ます。まるで良いホールで聴くオーケストラの空気感そのものと言える
でしょう。
DECCA録音、例えばショルティ、シカゴ響のような全ての楽器が眼前に並び、前へ前へと聴こえてくるような録音とはまさに対極的ですね。
最初の一音を聴いた時は、ちょっと物足りなく感じるかと思ったのですが、結局CD一枚全部聴き通してしまいました。それはあまりに音が心地よく、まるでホールの最上席で聴いているようなプレゼンスだったからです。音のチェックのつもりで聴いたのですが止めることを忘れて聴き惚れてしまいました。
それには録音、マスタリングの素晴らしさだけではなく、演奏の素晴らしさもあるに違いありません。自然で、どこか懐かしい温かい響きがしていました。ですから、きっとそれをずっと聴いていたいと思ったのでしょうね。
その辺のことは、プロデュサーノートとして江崎友淑が書いていますので、それを引用してみましょう。
ノイマンのスラヴ舞曲には決定的に他とは違うものがある。それは自身による細かい郷土愛から来る、舞曲の研究である。ポーランドのマズルカやポロネーズのように、ある種のパターンを持たないスラヴ舞曲には、多くの踊りのパターンがある。それらはボヘミアやモラヴィアに伝わる地方独特の踊りのリズムに起因するが、ノイマンは見事にそれらを踏襲して自分の音楽に、更にはチェコ・フィルの定番に成り得るように仕上げている。
-中略-
この録音は、ポニーキャニオンがチェコでの録音を開始し、マイキングなど色々な試行錯誤を繰り返していた時代のもので、この録音によって一つのパターンを決定付けた事を記憶している。
また紛れもなく、僕自身のチェコにおける録音エンジニアとしてのデビュー・アルバムでもあったのだ。
またこの録音はとりわけ特別なテクノロジーは一切無縁のものである。それは全くのCDフォーマット(44.1khz/16bit)で、DATテープで収録されたものであり、ハイbit、ハイサンプルには全く及ばないスペックだ。しかし、現在の最高フォーマットであるDSD録音のものと比べても何ら劣る事のない、鮮烈で、伸びやかなサウンドが展開する。僕は一人の指揮者のあらゆる音楽感や感性が80人を越す楽員の全てに行き渡ったからこそ起こりうる、一切の無駄の無い集中したエネルギーが、これらの音を生んだのだと確信している。
今回、エクストン・ラボラトリー・ゴールド・ラインとして、再マスタリングするにあたり、何度も聴き返してみたが、収録からかれこれ20年近い歳月を重ねたとは思えないほどの鮮度を感じる。今回のマスタリングでは、最新の注意で音の暖かさ、そしてそこにある当時のサウンドの記憶を巡らせながら、再現に努めた。
このCDの演奏を聴いて感じた自然なリズム感、躍動感。そしてどこか素朴な響き等の秘密はそれだったのですね。
江崎友淑は現在はEXTONレーベル、オクタヴィアレコードの社長ですが、元々は音楽家をめざし桐朋学園大学でトランペットを学んでいたという人物。
ポニー・キャニオン時代に海外で一連の出張録音を行い、それを見事に成功させたことはあまりにも有名です。それは日本人の録音のイメージを変えた、エポックメーキング的な出来事であったと言っても過言はないと思います。
ひとことで言って、彼の録音の特徴は鳴りっぷりが良いこと。ホールの響きが豊かで、オーケストラが豪快に鳴り響きます。
それまでの日本の録音というと、日本のホールの特性もあったかと思うのですが、どちらかと言うと綺麗で繊細だけれど静的でどこか冷たく、躍動感のある録音は少なかったように思います。
それに対して、江崎の録音は細部より全体の流れ、音楽の生命感のようなものを重視し、演奏会でのライブ感を大切にしているように感じます。
混濁を恐れるあまりに、ホールトーンを避けた音作りをするのではなく、積極的にホールトーンを入れているのも、音楽の生命感、ライブ感を大事にするからに違いありません。ホールも楽器のひとつと言われるくらい、欧米ではそれぞれが個性的で、オーケストラの音と密接な関係があるのですから・・。
それまでの日本人の録音がホルマリン漬けの標本のようなものとすれば、江崎の録音は血の通った生物といった違いがあるのではないでしょうか。
エンジニアではなく、音楽家出身であったこと。測定器的な耳ではなく音楽的な耳でCDを制作していったことが、彼の録音を成功させた要因なのではないかと確信いたします。
そして、それはこの『エクストン・ラボラトリー・ゴールドライン』においても貫かれています。物理特性を上げることの目的は、こけおどかし的な音を作るのではなく、CDの再生音を、より演奏会場のプレゼンスに近づけるためのことだったのです。オーケストラの醍醐味を充分に堪能することができる演奏、録音でした。