ブラームス ヴァイオリンソナタ全集(含 FAEソナタ)
ヴァイオリン:アンティエ・ヴァイトハース
ピアノ:ジルケ・アヴェンハウス
このCDは実は新作ヴァイオリン(Stefan Peter Greiner 2001年製)で演奏されたものなのですが、言われなければ、誰もそのことに気付かないのではないでしょうか。
Greinerのヴァイオリンは、ソリストのクリスティアン・テツラフが使用していることですでに広く知られていますが、こういった新作ヴァイオリンを使う演奏家は最近増えてきています。
先にご案内した書籍「バイオリンの謎 迷宮への誘い」でも取り上げられていますが、何をもって名器と呼ぶのか?という話題にも関連してまいりますが、現実問題として、オールドイタリアの名器と呼ばれるものに関しましては、その素晴らしさの反面
1) 購入するのには多額の資金を要する
2) 高額な割に真贋がはっきりしないものもある
3) 楽器が古いのでコンディションが安定しないものもある
4) 音量が不足することがある
5) メインテナンスに気を使う
6) 保険料が高額である
等の問題点もあります。
要は高額な割にリスクも多いのがオールドイタリアの名器といわれる楽器なのです。
それで、名器から新作楽器へ乗り換える、あるいは最初から新しい楽器で演奏しようという演奏家が増えてきているのです。
完全に新作へ切り替えないまでも、相当数の演奏家が、貴重なオールド楽器の控え(セカンドヴァイオリン)として新作ヴァイオリンを所有するようになってきていると思います。
それは新作ヴァイオリンは鳴らない、使えるまでになるには相当の弾き込みが必要と言われてきたのが実はそうではなかったと判明したからなのです。
その要因としては、もちろん製作者が名器を良く研究して良いヴァイオリンを作り出せるようになってきたことがあるとは思いますが、最も大きな理由は演奏家の単なる“食わず嫌い”だったのではないかと思います。良い新作ヴァイオリンに触れてみたら、すぐには使えないというのは“迷信”に過ぎなかったことに演奏家自らが気付いたのです。
もちろん、本物の名器の見た目から醸し出されるオーラのようなもの、時代を超えて伝わる製作者の魂のようなものの圧倒的な迫力を否定することは決してできません。そういった楽器からの霊感が自分の演奏に不可欠であるというようなタイプの演奏家は、やはり名器を使う必然性があるのかと思います。しかし、ただ優秀な道具がありさえすれば、あとは自分の右手と左手で何とかするといったタイプの演奏家にとっては、楽器がいつ誰の手によって作られたかということなどはあまり関係が無いことなのだと思います。
さて、このディスクでの演奏(音)ですが、先に書きましたように一般に想像されるような新作ヴァイオリンのキンキンした感じや低音のタイトな印象は全く感じられません。むしろ落ち着いて滑らかで繊細な響きが特徴的です。演奏のせいもあるのでしょうが、とかくヒステリックな響きになりがちな、第3番終楽章冒頭が実にしなやかに爽やかに響きます。
ドイツ人による、もっと言えばドイツ人製作のヴァイオリンを使ってのドイツ音楽(ブラームス)演奏は意外に重厚なものではなかったのですが、日本人の想像するドイツ音楽、例えばブラームスやワーグナーの楽曲へのイメージが必要以上に重たいものなのかもしれませんね。
「日本人がワーグナーを演奏すると必要以上に音符を重く粘って弾こうとする。楽譜通りに音符を(粘らずに)弾いた時にきちんと演奏効果が出るようにワーグナーが書いているのだから、それをさらに強調して弾く必要は無い。」と学生時代オケのトレーナーにしつこく指導、指摘されたことを思い出しました。
補記)
もしこのディスクが手に入らなくてもヴァイトハース(Weithaas)が演奏している録音であれば、Greinerを使っている可能性が高いのではないかと思います。