ヴァイオリニストの音楽案内
クラシック名曲50選
高嶋 ちさ子著 PHP新書 740円
ISBN4-569-64629-8
12人のヴァイオリニスト、めざましクラシックスなど、お茶の間で大人気の女流ヴァイオリニスト高嶋ちさ子による、初心者のためのクラシック音楽入門書。
古今の名曲をより深く、楽しく味わうためのツボを」、演奏家の立場から、豆知識や裏話を交えつつお伝えします。音楽評論家からは決して聞けない名言、迷言が満載!
軽妙な文体で書かれた名曲案内は誰にでも読みやすく良くできています。しかし、これを単なる軽いクラシック入門書と侮ってはイケマセン。意外や意外、この中には核心を突いた濃い部分が隠れているのです。
ということで、この本は、クラシック初心者には手軽な名曲ガイドとして、ヴァイオリン通にとっては演奏家の意外な側面に触れることができるちょっと危険な本として幅広い層にお薦めできるものです。
それでは 少しその濃~い部分を披露いたしましょう。
◇本文より◇
ある日のレッスンのこと、先生がレッスン中になんだか他のことでお忙しそうで、何事かとお聞きすると、「今日急にブラームス弾くことになっちゃってさ」。N響の定期演奏公演でソリストが突然諸事情によりキャンセル!で、コンサートマスターである先生に急遽変更。いっておきますが、ブラームスのコンチェルトといえばチャイコフスキー、ベートーヴェンと並ぶ三大コンチェルトの一つ。-中略- そのなかでも、難しさも長さもピカイチなのがブラームス。
コンチェルトを弾くということは、百人を相手に戦うようなもの。普通どんなに一流のヴァイオリニストでも、それなりの準備と心構えがなければ引き受けないし、まして当日の朝!それはないだろ、と思うところ。でもそこが、わが師匠の普通でないところで、「大丈夫」と笑っているのです!!もうこっちのほうが恐ろしい。
(難しさも長さもピカイチ ブラームス/ヴァイオリン協奏曲)
私が最初に「あがり」を体験したのが、大学一年の試験でした。チャイコフスキーのコンチェルトを弾いて、メロメロボロボロの状態になってしまったのです。
5分しか持ち時間がない試験では、時間がくると鈴をならされるのですが、その時ばかりはその音が、NHKのど自慢大会の「残念!」の鐘のように聞こえたのを、今でも鮮明に覚えています。-中略-
その後、先生に結果報告をして、「どうしたら、緊張無く弾けるのでしょうか」と指導を仰ごうとすると、「そんなの僕が聞きたいよ。みんな緊張するんだよ。人前で緊張しないような無神経な奴は、逆に音楽という繊細なものには向いてないね」とおしゃったのです。私からすると、いつも平常心で完璧な演奏をする先生が緊張するの?とちょっと疑いの気持ちでしたが、先生は続けて、「100%の演奏をしようと思ったって、たぶん出せる力はよくて40%ぐらいなんだよ。だから200%練習をしておけば80%は出るでしょ」と結局は練習だけは自分を裏切らないということをおっしゃいました。
(練習は自分を裏切らない チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲)
うちにストラディヴァリウスがある!という夢みたいな気分の一方で、勝負に出たという気負いもあり、毎日朝から晩まで弦を変えたり弾き方を変えてみたりと研究をしていました。が、いつまでたっても鼻づまりみたいな音しか出なく、半分ノイローゼ状態になっていました。しかしルーシーにもふれくされるようなそれなりの理由があったのです。-中略-
そこら中で「買った、買った 」と言い回っていたせいか、「ストラドの音を聴きに来ました」というお客さんも多く、まいったな~と思いながらしょうがなく「ルーシーは故障してます」と嘘をつき、ロジェリちゃんに舞い戻ってしまったのでした。そしてなんと二ヵ月という間、触りもしなかったのです。
が、ある日突然「ルーシーを弾いてみよう」と思いたったのでした。本当に急に。で、弾いてみると「うわ!!なんじゃこりゃ??」というぐらい素晴らしい、聴いたこともないような音が全身を駆け抜けたのでした!
(ルーシー 【その2】 )
初めてこの曲を弾いたのは、高校生になったばかりのころ。わが師匠に「今度さ、僕この曲弾くんだよね」と楽譜をわたされ、なぜか「僕」でなく私が勉強することになりました。それは、当時の先生は年間180本ものコンサートをこなしていらしたからで、レパートリー以外の曲をさらう時間がとれず、生徒に弾かせて、それをレッスンしているうちに覚えよう、という画期的なアイディアだったのです。もちろん過去に演奏されたことはあったとしても、なんせ出番の少ない曲なので、記憶から引っ張り出してくるのには、生徒に弾かせるのはたしかにいい方法!しかし、モーツァルトじゃあるまいし、人が弾いているのを聴いただけで弾けちゃうというのは、やはり先生は天才だと思います。
(なぜ誰も弾かないの? ブルッフ/スコットランド幻想曲)
私がムターのこのCDを車のなかで聴いていた時、隣に乗っていたへヴィメタ専門のうちの夫に、「なんでこういう風に弾けないの?」と聞かれ、その後間髪いれずに「君の演奏は淡白なんだよ、この人みたいにヴィブラートの幅をもっと広げてみたら」と言われ、あまりにも図星のご意見に、目が点になりました。素人に言われるということは、本当にそうだということで、どんなにすごい演奏家に言われるよりもパンチが鋭く、かといって落ち込んでいるところは見せたくないので、「この人楽器がいいんだよ、だから音がいいよね」とごまかそうとすると、「ヴィブラートは手で作ってるから」だって。地面に埋めてやりたいほど、内心怒った私でした。
(演奏者によって音色は違う サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン)
まだまだ濃~い部分はありますが、あとは本を購入されてからのお楽しみということで・・・